『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観た

ジョン・ワッツ監督の映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)を観た。


スパイダーマン」は言うまでもなくアメリカンコミックのスーパーヒーローである。アメコミの出版社は2大巨頭があり、1つが「DCコミックス」で、スーパーマンやバッドマンがその代表的なキャラクター。もう1つが「マーベル・コミック」であり、その代表的なキャラクターがアイアンマンやドクター・ストレンジ、X-メン、そして、スパイダーマン。

マーベル・スタジオは映画『アイアンマン』(2008)から始まって、「マーベル・シネマティック・ユニバース」(MCU)という超巨大な映画シリーズを構想した。これはマーベル・コミック原作の様々なスーパーヒーローものを同一の世界設定の中で展開させる「シェアード・ワールド」だった。とはいえ、元々アメコミ自体が、1つのスーパーヒーローもののストーリーを複数の作者が描いたり、複数のスーパーヒーローを1つの作品の中に登場させたり(クロスオーバー)ということを活用してきたジャンルだった。こういう世界設定の膨大な質量の暴力を、オタクは好んできた。


実写映画版「スパイダーマン」はいくつも作品があって、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』はその中でもMCUの「ホーム」シリーズの3作目にあたる。

  • (無印)スパイダーマン3部作: サム・ライミ監督、トビー・マグワイア主演
    • 『スパイダーマン』(2002)
    • 『スパイダーマン2』(2004)
    • 『スパイダーマン3』(2007)
  • アメイジング・スパイダーマン2部作: マーク・ウェブ監督、アンドリュー・ガーフィールド主演
    • 『アメイジング・スパイダーマン』(2012)
    • 『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)
  • MCUスパイダーマン「ホーム」シリーズ: ジョン・ワッツ監督、トム・ホランド主演
    • 『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)
    • 『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)
    • 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)

シリーズごとにストーリーはリブートされているため、「ホーム」シリーズのトム・ホランド演ずるスパイダーマンは、「無印」3部作のトビー・マグワイア演ずるスパイダーマンとも違うし、「アメイジング」2部作のアンドリュー・ガーフィールド演ずるスパイダーマンとも違う。

「無印」も「アメイジング」も基本的には普通にヒットしたし、それぞれ佳作だと思う(『アメイジング・スパイダーマン2』の興行収入はそこまでよくなかったため打ち切られたという話は聞くが、真偽はよく分からない)。

「無印」シリーズと「アメイジング」シリーズはMCUでないためMCU内の作品と同じ世界設定を共有していないが、「ホーム」シリーズはMCUに属している。最新作『ノー・ウェイ・ホーム』を映画館で観るにあたって、わたしは前夜に「ホーム」シリーズの1作目『ホームカミング』と2作目『ファー・フロム・ホーム』を配信で観た。実際どちらも、MCUの既存他作品で描かれたストーリーを背景としつつ、スパイダーマンの物語が展開されている。たとえば『ホームカミング』は1作目であるにも関わらず、主人公の高校生ピーター・パーカーがなぜスパイダーマンになったかは描かれておらず、すでにスパイダーマンになって、すでにアイアンマン=トニー・スタークと知り合いになっている。2作目『ファー・フロム・ホーム』にいたっては、『アベンジャーズ/エンド・ゲーム』(2019)で発生した大いなる戦い後の傷痕が残った世界で物語は始まっている。最新作『ノー・ウェイ・ホーム』でも、MCUの別作の主人公である「ドクター・ストレンジ」が重要な役割を占めており、ドクター・ストレンジへの理解を暗黙の前提としている。

ウェブで調べると、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観るためには「ホーム」シリーズの前2作、さらにリブート前の「無印」シリーズ3部作と「アメイジング」シリーズ2部作、またMCUの多くの作品(特に『アベンジャーズ/エンド・ゲーム』や『ドクター・ストレンジ』など)を事前視聴しておくことが勧められている。わたしは「ホーム」シリーズ2作だけは前夜にちゃんと観て、「無印」シリーズは昔視聴ずみだったがほとんど忘れていたのでちらっと観直して思い出して、「アメイジング」は1作目を半分くらい観て Wikipedia で概要情報を仕入れてから、挑んだ。本来不要なはずの、MCU以前の「スパイダーマン」シリーズの知識まで勧められている理由は、観れば分かる。というか、予告編を観れば分かるのだが、MCU以前の「スパイダーマン」シリーズで出て来たヴィラン(敵役)が登場している。

で、ようやく『ノー・ウェイ・ホーム』の感想だが、正直わたしはそんなに好きでなかった。佳作だと思うし、これまでの「スパイダーマン」が好きだったら今作も好きになれるが、それだけ。ただ、とにかく驚くべきは、MCUと「マルチバース」という世界設定によって、視聴者にとんでもなく大量の他作品の事前知識を要求していることだ。そういうあまりにもオタク向けのやり方を、純粋なエンタテインメントのアメコミ映画に適用していることだ。

MCUや旧スパイダーマン・シリーズを観ていればいるほど、「にやりとするシーン」が大量に盛り込まれている。それが『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の魅力なんだろう。一方、事前知識がない多くの視聴者にとっては、ところどころ詳細不明な設定が出て来るものの、普通のエンタメ映画として観られるようになっている。映像表現や映画作劇法はもう十分に洗練されているため、余剰価値をオタク的要素に満載しているということだろうか? しかし、こういう映画がヒットするのはいいんだろうか? 近い話で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』がヒットしたのもいいんだろうか?『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観ると、むしろこういう映画が現代の「普通」なのかもしれないと思った。某ラーメン漫画のセリフをもじれば、現代人は物語でなくて設定を食っている。

今作の特徴であるマルチバース設定をさておいて、1個のストーリーとして見ると、ハリウッド映画の作劇法に従った、面白いけれど予定調和的といえばその範囲を超えていないような物語にすぎない。ストーリー全体が、主人公たちの軽率な行動のなかば自業自得的な面があるし、主人公の「善行」のモチベーションもいまいち視聴者を納得させづらい。しかし、そもそもMCUは多分、そういうところで勝負している作品じゃないのかもしれない。

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