『すずめの戸締まり』、観た

新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』(2022)、映画館に行って観た。

正直予告編を観たときの印象は微妙そうだった。前作『君の名は。』『天気の子』と同じようなジャンルで、現れるキャラクターなどはいまいちに思えた。

観てみると、「『すずめの戸締まり』は前2作と同じようなジャンル」という印象は予想以上だった。『君の名は。』で成功する新海アニメの物語構造を理解して、『天気の子』『すずめの戸締まり』でその物語構造を流用したのか、のちに天災3部作とでも呼ばれそうなくらい似ている。漱石の前期・後期3部作のように、3部作は変奏曲であり前作の続きでもある。『君の名は。』は時を遡って天災を救って、『天気の子』はキミを選んで天災を受け入れることにして、『すずめの戸締まり』は天災と隣り合わせの日常を生きる。さすがに次の作品はもう少し別ジャンルであってほしい。

予告編だけではキャラクターや設定に魅力は感じられなかったが、映画館の座席でスクリーンを見上げると、2人の主人公は魅力的だし面白かった。このあたりに新海監督の物語作りの意外なまともさがあって、ブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則』などのスクリーンライティング技術を意識的にか無意識にか学んでいる。

物語の序盤でちょっとしたクライマックスがあってからタイトルが表示されるのは、ありがちのツカミではあるが、『君の名は。』と同じような物語の構造を重層化する試みだろう。物語の終盤でヒロイン幼い過去の自分に会って、未来の人生を予告するシーンも。『天気の子』はこういう仕組みがなかったのでパワー不足を感じたので、『すずめの戸締まり』は『天気の子』よりよいと思った。

『すずめの戸締まり』では地震の原因をミミズという化け物の登場によって表現しているが、このミミズは宮崎駿監督の『もののけ姫』のデイダラボッチを思わせる。天災の神話的表現、巫女の犠牲と儀式的解決。

ヒロインは時を遡って、幼い過去の自分に向かって言う。

あなたはこれからも誰かを大好きになるし、あなたを大好きになってくれる誰かとも、たくさん出会う。(…)それはちゃんと、決まっていることなの。

これはまるでチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の有名なセリフを思わせる:

ソーニャ「ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。そして、やがてその時が来たら、素直に死んで行きましょうね。あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなにつらい一生を送って来たか、それを残らず申上げましょうね。すると神さまは、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るい、すばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい! と、思わず声をあげるのよ。そして現在の不仕合せな暮しを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち――ほっと息がつけるんだわ」(神西清訳)

あるいは、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』の感動的なセリフを思わせる:

「あなたはいい人よ。すごく悪い取引にはめられたのよね。でも、あなたの人生が終わったわけじゃないわ。あなたのことはすごく気になってる。できたら……」ドナは、暗闇の中で黙って彼を抱きしめていた。暗闇は、彼を内側からのみこみつつある。こうしてあたしが抱いている間にも。「あなたは優しいいい人よね。あなたにしてみればこんなのあんまりだけど、でも、しかたなかったのよ。できれば最後まで待ってみて。いつか、ずっと先になったら、前みたいに物が見られるようになるから。またもとどおりになるから」回復するわよ。いつの日か、人々から不当に奪われた物がすべて回復される。千年かかるか万年かかるか。でも、その日は必ずやってくる。(山形浩生訳)

しかし、『ワーニャ伯父さん』が現世での希望をなくしていて、『暗闇のスキャナー』が起こり得ない奇跡としての希望を夢想しているのに対して、『すずめの戸締まり』は実際に希望を掴んだ未来の自分が確信を持って語る。まるでテッド・チャンの『あなたの人生の物語』のヒロインが未来を知って、自分の子の人生をその死まで語るように。ここは『すずめの戸締まり』内でもっとも力強い感動的なシーンだろうが、わたしはこれらの作品群ほど感動しなかった。わたしが希望を知らず絶望を知っているからでもあるし、『すずめの戸締まり』が希望について特別な説得力を持っていなかったからでもあるし、幼い子どもの絶望は自然に忘却できていくだろうと思うからでもある。

その意味で、『すずめの戸締まり』は深度の足りない物語だった。物語の重層性や出来という点でも過去作の『君の名は。』を超えられていない。『天気の子』より面白いと思うが、「セカイの災害よりキミを選ぶ」という結構危険なテーマを主張している『天気の子』の方に作品の価値を認める人がいてもおかしくない。それでも、新海監督の『君の名は。』での実力がそのまま発揮されていて、観て損はない。『君の名は。』が傑作だったことと『君の名は。』で表現し切れなかったものがあったことを考えれば、『君の名は。』のアレンジでもう2作作ってしまったことも功労賞の範囲と言える。

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