クリストファー・ノーラン監督『TENET』、観た
クリストファー・ノーラン監督『TENET』(2020)、観た。
ノーラン監督の映画は、『インターステラー』(2014)を観たとき面白くて好きになった。とはいえ、有名な『ダークナイト』(2008)を含むノーランの「バッドマン」3部作は別段気に入らなかった。『インターステラー』の次作であり『TENET』の前作であるところの『ダンケルク』(2017)に至っては、つまらないとすら思った。『インセプション』(2010)はノーランの個性が出ていてよかったが、それでも『インターステラー』のような分かりやすい起承転結のドラマでない点で傑作と呼びがたかった。
そしてノーラン監督の最新作『TENET』だが、予告映像やストーリー概要を見聞きするだけで『インセプション』のような映画であることはみんな想像したはず。09/18に公開されてから09/20に観に行くまでの間の Web での評判を見ると、「1回観ただけではわけが分からない映画」という意見がたくさんあった。期待と不安をもとに、観に行った。
結論から言うと、面白かった。『インターステラー』ほどの傑作ではないが、『インセプション』的な良作。『インセプション』の方が好きという人もいるだろうけれど、わたしは『TENET』の方が少しだけ好きだ。いろいろな欠点はあるが、いつものノーラン映画の欠点という感じで、よくも悪くもそこは目を瞑って楽しむしかない。
『TENET』では、主人公の男が、第3次世界大戦または人類滅亡を防ぐために、極秘の調査任務を担うことになる。それは、「時間の逆行」装置が深く関係していた。基本的には『インセプション』と同じようなスパイサスペンスの展開で、その部分はわたしは好きになれなかった。ただ、時間の遡行というノーランらしい仕掛けが相変わらず面白い。映像的には、単に一部の人や物が逆再生しているだけの面白動画。ノーランらしいのは、個々の映像だけでなく、全体の物語の構造そのものが、時間の遡行という仕掛けによって多次元的に構成されていること。
普通の物語は、一方向の直線ベクトルだ。昨日の次は今日、今日の次は明日で、因果関係を持って物語は進む。しかし『TENET』では、伏線と謎が未来から過去に遡行して逆方向に回収される。物語のベクトルは、自在に前後に飛び交う。視聴者が初見でそれを追いかけるのは至難の業だが、この映画の快感はなんとか伏線を追いかけて、物語の糸を解いていくことにある。
「わたしはちゃんとノーランの映画についていけてるんだぜ」と独りで悦に入りながら観ればいい。それが正しい楽しみ方だと思う。わたしもそうした。数多の伏線を散りばめているので、そのすべてを見逃さずすべてを覚えてすべてを照らし合わせる必要がある。終盤の展開になるとわたしにはもう追い切れなかった。なるほど確かに評判通り、1回観ただけでは分からない。不親切な映画だとは思うが、元来『TENET』はそういう意図の映画なのだから、そこに不満はない。
ただ、『TENET』は人間ドラマとしてよいところがない。そもそも人間ドラマがほとんどない。第1に、一番用意されているべき「主人公の性格」というものがない。宿敵の男の妻キャサリンへの強い思い入れ、仲間ニールとのビジネスライクな関係の中に伺える友情。その2つが例外的なだけで、あとは任務をこなすために頑張っているだけの無感情な男だ。主人公の名前が明かされないことからも、意図的に無個性にしたのかもしれないが、それで視聴者の感情移入を失って何がよいか分からない。ブレイク・スナイダーの有名な著書『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』を読んで従ってほしいものだ。『インセプション』や『TENET』が傑作じゃないのに『インターステラー』が傑作だったのは、『インターステラー』だけが普通の人間ドラマをして普通の起承転結を持っていたからである。
『TENET』のあの結末を観て、視聴者にどんなカタルシスなり感慨なりが植え付けられると、ノーラン監督は思っていたんだろう。ナッシング。せっかくこんなに時間の遡行を使って面白い映画にしたのに、もったいない。
ヒロインのキャサリン役のエリザベス・デビッキがよかった。191cmという超長身で、男主人公よりも背が高い。クリストファー・ノーラン監督が映すヒロインの映像や所作は、いつも美しいほどかっこいい(『インターステラー』のポケットに手を突っ込んだアン・ハサウェイなど)。が、性格的には、凛々しくも「女の重い感情」みたいなものを常に抱えている。この「女の重い感情」というのはノーランの性差別的な幻想なのだろうか。いや、どちらかといえば「女の重たい感情」もただの物語的な装置なんだろうか。
文句は多くあるし、傑作とまでは言いたくないが、それでも面白かったし、観てよかった。映画でここまで複雑なプロットをやってみせているノーランは、偉いと思う。まず褒めたい。その上で、人間ドラマをしてほしいと思うし、終盤の戦闘シーンは『ダンケルク』的で退屈なのでやめてほしいと思う。