『The ABC's of LGBT+』、読んだ
最近、性同一性について考えることがあって、アシュリー・マーデルの 『13歳から知っておきたいLGBT+』(The ABC’s of LGBT+) を買って読んだ。

この本は3つの章に分かれる。
第1章「スペクトラム」 では、セクシュアリティはスペクトラムのようなものであって、人によって様々な程度の強さがあって、ゼロかイチか、オトコかオンナかという単純な話でないことが書かれる。これは多分重要で、というより、これがこの本のすべてで、特にここで紹介されている「ジェンダーユニコーン」さえ知れば、もう後は何も必要ない。と同時に、スペクトラムは不完全であり、視覚的にアイデンティティを表現するための枠組みにすぎず、何を使ってもいいし使わなくてもいい、と明言もされている。
第2章「ジェンダー」 では、たくさんの LGBT+ の「種類」についての説明が長々と続く。第1章の「スペクトラム」が本書のすべてだと言ったが、具体的にどれほど多様な性の形があるかを知らないと実感しづらいいので、この章と続く第3章が存在する。
- 「生物学的性」は、社会的に作られた概念にすぎない。染色体、ホルモン、配偶子、第1次性徴、第2次性徴は実際には人によって様々だ。200人に1人が、インターセックス(解剖学的な典型的な男女に当てはまらない人)といわれる。
- 個人の特性としての「ジェンダー」は、男性である、女性である、その両方である、そのどちらでもない、中間である、もしくはそれらとはまったく違う何かである状態。
- 社会的な文脈における「ジェンダー」は、個人を男性または女性のどちらか一方に属するものととらえ、その分類に基づき、役割や行動、表現、特徴に関して、特定の期待を抱く社会的分類システム。
- 「ジェンダー・アイデンティティ」は、自分自身のジェンダーをどう認識し、それを他人に伝えるときにどんな言葉を使うか。
用語 | 説明 |
---|---|
シスジェンダー(シス) | 生まれたときに決められたジェンダーまたは生物学的性と、自己認識がぴったり一致していること。 |
トランスジェンダー(トランス) | ジェンダー・アイデンティティが出生時に決められた性別やジェンダーと一致しない人。 |
トランス男性 [⇔トランス女性] | 出生時に女性と決められたが、現在は自分を男性と認識している人。 |
FTM (female to male) [⇔MTF (male to female)] | トランス男性(女性)を指す。 |
トランスマスキュリン [⇔トランスフェミニン] | 出生時に女性と決められたが、男性としての感覚が強く、自分が思う男性的なスタイルで自己表現をする人を指す言葉。 |
MTM (male to male) [⇔FTF (female to female)] | 出生時に性別やジェンダーが女性であると決められたが、元々自分を男性と認識していた人。 |
DFAB/AFAB/FAAB (designated female at birth, assigned female at birth, female assigned at birth) | 出生時に女性と指定された人。 |
DMAB/AMAB/MAAB (designated male at birth, assigned male at birth, male assigned at birth) | 出生時に男性と指定された人。 |
CAFAB/CAMAB (coercively asssigned female/male at birth) | 出生時に強制的に女性(男性)と決められた人。 |
バイジェンダー、トライジェンダー、マルチ(ポリ)ジェンダー、パン(オムニ)ジェンダー | 2つ、3つ、複数、または多くのジェンダーを有しているか、経験している人。 |
デミ〜 | あるジェンダーに部分的に結びつきを感じている人。 |
ノンバイナリー (nb, enby) | 1つのアイデンティティであり、同時にジェンダー二元論にとらわれないジェンダー・アイデンティティの総称。 |
アポラジェンダー | 男性、女性、その中間の性のいずれにも属さないが、固有のジェンダー感覚を持つノンバイナリーなジェンダーの総称。 |
マーベリック | 男性、女性という二元論的ジェンダーとは完全に違う、自律したジェンダーを有している人。 |
ジェンダー・クィア(ノンコンフォーミング、ダイバース、ヴァリアント、エクスパンシブ) | ジェンダーが二元論的なジェンダーの概念の外側か、それを超越したところに存在する人。 |
ジェンダー・コンフュージョン、ジェンダー・ファック | 自分自身のジェンダーについてわざと混乱を引き起こそうとする人。 |
ジェンダーフルイド | 変化するジェンダーを持っていること。 |
ジェンダーフラックス | ジェンダーに関する経験が激しく変化する人。 |
アンドロジナス、アンドロジーン | 男らしさと女らしさの特徴を併せ持つことや、そのどちらでもない特徴を持つこと。 |
アジェンダー、ジェンダーレス | ジェンダーがないこと。ジェンダー・ニュートラル。 |
ニュートロワ | 自分のジェンダーが中立であるか、ジェンダーが存在しないと感じる人。 |
グレージェンダー | ジェンダーに対する意識が弱いか、ジェンダー・アイデンティティやジェンダー表現について関心が低いアイデンティティ。 |
第3章「性的アイデンティティと恋愛のアイデンティティ」 では、前章に続いて、多様な性的指向 (sexual orientation) と恋愛的指向 (romantic orientation) の「種類」が説明される。
用語 | 説明 |
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モノセクシュアル、モノロマンティック | 1つのジェンダーに魅力を感じること。 |
ヘテロセクシュアル、ヘテロロマンティック | 二元論的ジェンダーにおいて、自分とは違うもう一方のジェンダーに魅力を感じること。 |
ホモセクシュアル、ホモロマンティック | 自分自身と同じか、自分に近いジェンダーに魅力を感じること。 |
マルチセクシュアル、マルチロマンティック | 複数のジェンダーに対して魅力を感じること。 |
ノマセクシュアル、ノマロマンティック | 男性以外のあらゆるジェンダーに魅力を感じること。 |
ノウマセクシュアル、ノウマロマンティック | 女性以外のあらゆるジェンダーに魅力を感じること。 |
スコリオ(セテロ)セクシュアル、スコリオ(セテロ)ロマンティック | ノンバイナリーなジェンダーに魅力を感じること。 |
フルイド | 感じる魅力や指向がフルイド(流動的)であること。 |
アセクシュアル、アロマンティック | 他人に対して性的・恋愛的魅力を感じないこと。 |
ゼッドセクシュアル、ゼッドロマンティック | 性的・恋愛的魅力を感じること。 |
グレーセクシュアル、グレーロマンティック | 性的・恋愛的魅力をほとんど感じないこと。 |
デミセクシュアル、デミロマンティック | 強い感情的な絆ができた相手に対してのみ性的・恋愛的魅力を感じること。 |
クワセクシュアル、クワロマンティック | 自分が感じる魅力の違いを区別できないこと。 |
クィア | シスジェンダーまたはヘテロでないあらゆるアイデンティティを表す用語。 |
オートセクシュアル、オートロマンティック | 自分自身から性的(オナニー)・恋愛的魅力を引き出せること。 |
クエッショニング | 自分の性的・恋愛的指向、またはジェンダー・アイデンティティが不確かであること。 |
ウーマ(ガイネ)セクシュアル、ウーマ(ガイネ)ロマンティック | 女性や女らしさに魅力を感じること。 |
マ(アンドロ)セクシュアル、マ(アンドロ)ロマンティック | 男性や男らしさに魅力を感じること。 |
第2章と第3章を読んでいて気付くのは、その多様な用語の重複性と曖昧性。性は多様なものなのに、それを1つ1つ名前を付けて型にはめようとするからこんな風に面倒になっているんだと思う。本当は表現するなら「スペクトラム」のように表現されるか、少なくともこんな型にはめた用語で表現されるべきものではないのだと思う。とはいえ、これらの用語の説明が不要だとは思わない。現実としてこういう用語の上に立って LGBT+ たちはコミュニケーションをしているのだから、その用語を知っている必要はある。
ただ、この本で頻繁に挿入される LGBT+ の人々による短い文章は、いまいち効果がなかったと思う。本人たちのリアルな証言は大切だろうが、あんな短文では読者に強い力を与えられない。
LGBT+ の類書を知らないので、そういう観点での評価はできない。和書より訳書の方が、世界(というかアメリカだけど)の LGBT+ 文化や感覚も多少読み取れてよいだろうと思って探したら、この本くらいしかよさそうな本はなかった。自分の目的は果たせたので満足はした。
ちなみに、巻末の「主な編集協力期間および協力者」の中に『ザ・ジェンダー・ブック』という本が紹介されている。『ザ・ジェンダー・ブック』とはリンク先を飛んでもらっても分かるが、92ページのイラストが豊富な本で、無料でも PDF 版を手に入れられる。