2ch について

10年以上前にすでに実質衰退してしまった掲示板「2ちゃんねる」について、一個人の歴史として残しておく。

わたしは、自分の年齢からするとかなり早くからウェブを触っていた。当時小学生で、1996年か1997年だったと思う。当時はまだ Google もなかったか出て来たばかりで、Yahoo のディレクトリ型検索エンジンが一番メジャーだった。「Yahoo カテゴリ」ではカテゴリ別に分類されたホームページ一覧が表示され、一部は「COOLサイト」というサングラスのアイコン付きで評価されていた。たくさんのよいサイトがあったが、それらのサイトのほとんどは今はもうない。

わたしがいつ「2ちゃんねる」を知ったか、もう忘れた。最初は怖いところだと思って避けていた。アクセスカウンター、プロフィール、レビュー、掲示板、リンク集がある個人作成の「ホームページ」の雰囲気しか知らなかった中で、「2ちゃんねる」という匿名の短い暴言が流れるように積み重なった世界を見たら、子どもには怖い。しかし、光を見慣れた目は闇に憧れる。不登校児だったわたしは、唯一、人の本音が聞こえるような「2ちゃんねる」に惹かれた。当時のほかの日陰の若者の多くと同様に。

主に見ていたのは「ソフトウェア板」「Windows板」だった。普通に考えたらほかにも見ていそうだが、実際にはその2つが中心だった。「Vector」のフリーソフトダウンロードランキングもよく見ていた。ファイラのあふ、コマンドラインランチャのCraftLaunch、Emacs 風エディタの xyzzy、ダウンロードマネージャのIria/Irvine、2chブラウザのJane Doeなどを使っていた。とにかくフリーソフトが好きで、毎日のようにダウンロードして試していた。

「ソフトウェア板」や「Windows板」で盛況だったのは、2chブラウザのスレだった。2ちゃんねるという特殊な掲示板の大量なスレッドを毎日見ていくために最適化された、RSSリーダのような「2ちゃんねる専用ブラウザ」(2chブラウザ)が現れた。「かちゅ~しゃ」や「A Bone」は、Internet Explorer をレンダリングエンジンとしているため、重かった。そんな中、Delphi で作られ独自のエンジンを持つ「Jane Doe」が開発され、ソースコードも公開されていたため、人気となり続々と派生版が出てきた。わたしは「Jane_test」「JaneSyrup_test」を長らく使って、その後、「JaneView」とか「OpenJane 狂っぷ」とかを使っていた。途中から 2ch への負荷軽減のため露骨なリロード制限が付いたので、ソースコードを直接修正して、リロード制限を外してビルドして使っていた。

2ch が楽しかった、というより、Jane Doe という2chブラウザで 2ch を見るのが楽しかった。

当時はもちろん Twitter がまだなかった。RSSリーダーによる情報収集が実用的になるにはブログの普及が必要だったが、Jane Doe の登場時期は、日本ではまだブログが広まり始めている頃だったはず。Web日記はもちろん当時からたくさんあって、面白かったけれど。その後のブログ/Web2.0全盛期ですら、結局すべての情報がRSSで網羅できていたわけでもなかった(わたしはRSSリーダーが好きで、今も活用しているが)。そうすると、すべての情報を扱っているような世界というのは、日本では 2ch しかなかった。逆を言えば、ブログ/RSS より Reddit より Twitter より前に、日本では 2ch というすべての情報を扱ってくれる「ハブ」があった。2chブラウザで興味のあるトピックのスレを追ってさえすれば、誰かが必ず新しい情報を提供してくれた。2ch を追いかけなければ、気付けない情報があった。

2ch で一番面白いのは、多分、「ニュース速報VIP」や「なんでも実況J」のような勢いのある混沌とした板だろうが、そこを追うことはなかった。そもそも勢いがありすぎて、ひきこもりの自分でも、(当時家共有の PC とナローバンド環境しかなくて、昼間にちょっと触れただけだったから)到底追えなかったし、「ソフトウェア板」などに慣れ親しんできたものには「VIP」の空気は異質で、やはり怖いところだと思っていた。よく語られる歴史として、VIP の人たちが別の板に突撃して、大量のアスキーアートやコピペで荒らしていた。それでも徐々に話は変わっていって、有名な「電車男」のまとめが出てきた。これは VIP でなく独身男性板のスレのまとめだが、「電車男」の後を継いだものたちの多くは VIP だった。

ウェブで「電車男」まとめが話題になっていたので、わたしも読んでみた。 2ch まとめ自体が「電車男」から広まったようなものだから、これまでにない面白さがあった。その後、電車男のフォロワーが出て来て、その中で有名なまとめも読んだが、有名になったものはどれも面白かった。ただ VIPPER たちの本流は、馴れ合ってスレを伸ばしていく「電車男」フォロワーである恋愛実話系スレを嫌がって(VIP の空気感からすれば自然だと思う)、そういうスレは荒らされるようになった。それもあって、「パート速報VIP」という外部の板に恋愛実話系スレは移動するようになった。「パート」というのは、スレッドが長続きして、次のスレッド、次のスレッドと作られていくと、「パート2」「パート3」とナンバリングされていくので、そうした「パートX」が付くようなスレ用の場所という意味だ。

わたしはこの「パー速」で何個も何個もスレを読んだ。「まとめ」の形で提供されているものはなかったから、過去ログで全レスを黙々と読んだり、リアルタイムでスレを読んだりしていた。その中にいくつか好きだったシリーズがあるし、特に2つほど、自分の人生観にさえ影響を与えたようなものがある(当然、元祖の「電車男」と比べれば内容的にずっと進化していた)。スレの中には作り話だろうと思うものもあったが、本当に面白かったいくつかのシリーズは、できすぎた部分もありつつも、書き手の想像にしては独特のリアリティがあったので、わたしは素直に「恐らく実話だろう」と思って読んでいた。別にフィクションかどうかは重要じゃない。面白いかどうかだ。そして、確かにいくつかのシリーズは、ほかのジャンルのどんな物語でも得られなかった面白さがあった。その面白さというのは、もちろん、双方向性などというくだらない部分ではない。そんなものは些末だ。恋愛実話系スレの書き手は、恐らくスレのみんなに後で結果を知らせないといけない、という「神に見られている意識」からか、不思議な倫理観とイベントへの追求意識を持って動いている。と同時に、2ch での匿名語りなので、赤裸々に隠さず無駄なく語ってくれる。面白さはそうした点にあって、いまだに唯一無二だったんじゃないかと思う。

わたしが 2ch について語っておきたかったことは、それだけだ。2ch ではいろいろな事件が起きた。ほかにもいろいろ面白い板やスレがあった。しかし、わたしはほとんど見ていなかった。たとえばわたしはミステリーをよく読んでいたし TRPG やドイツゲームを追いかけていたが、2ch のミステリー板や卓上ゲーム板には特に面白さを感じなかった。つまり 2ch 全体が面白かったわけではない。2ch の中のごく一部が偶然的に面白かっただけで、わたしはさらにその面白かったものの中の一部だけを見ていた。その後の、2ch まとめブログサイトの普及と 2ch の衰退については、語ることなんて1つもない。

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